b101さんの作品

心残りな書



 白い紙の前に正座して、姿勢をただす。
いつもは、硯(すずり)で、時間をかけて墨をするが、今回は時間がないので墨汁を使う。
 筆を手にとり、墨を含ませ、一気に書き上げる。

 エルは、書道7段の腕前だ。小さい頃から、修練を重ねてきた。

 紙に、さらさらと達筆な文字が躍る。
 文言は、
『安全日』
 だ。

「さすが!」「うまいねー」ギャラリーが素直にほめる。
「もっとストレートにしよう」いじめっこが笑いながら言う。
 エルは無表情に紙を取り替えた。
 次の書は、『中出し希望』だ。
 [望]の字がかすかにゆがんだ。
「いいだろう」
「やっぱり、うまいね〜」
 かすかに字がゆがんだことなど、素人のギャラリーには分からないらしい。
「立て」
 エルは、[望]の字を悔やみながら、立ち上がった。
 今書いたばかりの書を、背中に貼られた。
「その格好で、校内を回って来い」
「…はぃ」エルは、がくがくとひざを震わせながら教室を出て行った。

 胸元までボタンをはずしてブラウスを着、下着をつけていない下半身は、
具が見えそうなほどスカートを短いスカートだ。
 すれ違う人と目を合わせられずに、少し猫背で早歩きに歩く。

 小さい頃からの知り合いが校内に3〜4人いる。
 同じ書道教室に通っていた人もいる。彼女なら[望]の字、見れば分かるだろう。

 校内を一周したら、旧校舎で売春させられる。
 エルには一円もはいらない。お金は、すべていじめられっこのものだ。
 売春ではなく、ただ犯されると言ったほうがいいか。

 後ろから、男子や物見高い女子がついてくる。
 気配がするが、怖くて振り向けない。
 彼らとのセックスを強要されることになるのだろう。
 旧校舎の机に手をつかされて、靴だけの姿で後ろから…

 エルはがくがくと震える足で、背中に少し心残りな(しかし素人目には達筆の)書を貼ったまま、
校内を歩き続ける。


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