どらごんさんの作品

性奴系図外伝(佐藤敬吾篇)

第14章  圭子の夫


「瑠美。藤田君と話しがあるから席を外しなさい」
紅潮した顔で服を調えているリディアを見て、慶蔵は何が行われていたか察したような表情になった。
「リディア、君も下がりなさい」
厳しい顔をして慶蔵が瑠美とリディアを座敷から下がらせた。
「藤田君。実はな……」
慶蔵が語ったことは、藤川社長に関する話であった。
藤川社長が「自殺未遂」をした後、藤川社長は意識不明状態で入院していたが、
意識を取り戻すと、慶蔵は強引に退院をさせ、山野邸に引き取っていた。
ただ、藤川は後遺症で脳を含め全身麻痺に近い状態であった。
山野邸では車椅子での生活をしていた。
浩二もそのことは慶蔵から聞いていて、山野邸を訪問するときはいつも藤川社長に
気づかれないようにと行動していたのである。
「私ももう一生麻痺したままだと思っていたのだが」
慶蔵の話は続いた。
全身麻痺で身体をほとんど動かせないはずの藤川が、実は密かに何とか歩けるほどまで回復していた
というのだ。
しかも脳性麻痺も奇跡的に元に近い状態に回復していた。
慶蔵の犯罪行為を世間に告発しようとしていたのか。
藤川は足を引きずるようにして門に向かうところを雅代に発見され、敬吾に取り押さえられたのであった。
傍らで横たわっている静江が耐え切れずに嗚咽していた。
「もしかすると、藤川社長は麻痺したふりをしていただけかもしれないですね」
「うーむ。もしそうなら、小淵医師もだまされたということじゃな」
慶蔵はお猪口を一息にあおった。
「ところで、藤川社長はどうなったんです」
浩二が恐る恐る訊ねた。
一瞬の沈黙があった。慶蔵がお猪口をまた一気にあおった。
「や、やった…………。佐藤がすべて始末をつけた」
浩二はあまりの恐ろしさに震えた。
屋上での夜に見た敬吾の透き通るような冷酷な瞳を思い出した。
恐ろしさに耐え切れなくなった浩二は、慶蔵の許可を得ることなく、静江の首輪を掴むと、
隣の間まで嗚咽したままの静江を引きずっていき、畳の上で静江を押し倒して陵辱したのであった。
井田英二は所轄署の取調室に連行された。
実際には任意同行を求められたのであるが、井田には断る選択肢はなさそうであった。
取調室で井田が落ち着きなく座っているところに、山科と葉山が入ってきた。
井田は山野慶蔵のことを尋ねてきた二人の刑事をまだ覚えていた。
「山野は本件には関係ないですよ」
山科が口を開いた。
「いや。私達が聞きたいのは、あくまで山野さんと藤川さんの関係なんですよ」
違法販売しているポルノの件を追求されるかと思っていた井田は拍子抜けした。
井田は押し黙ったが、ここで山科の要求を断ることで、即逮捕というリスクを恐れた井田は、
山科の再度の問いかけにとうとう口を開いた。
「山野と藤川と俺は確かに仲の良い関係だったんですよ。同い年だしね。
だけど、圭子さんが俺たちの前に現れてから、全てがおかしくなって」
「藤川圭子さんのことですね」
「藤川は当時短大生だった圭子さんと知り合ったんです。出会った場所はよく覚えていないんですけどね。
俺はそのときはもう結婚してましたけど、藤川はもう三十近いのに、
いろんなところでモテまくって独身だったけど、
それにしても短大生と付き合うなんて、うまいことやったなと思ったものです。
藤川は、最初はよく自慢げに圭子さんを俺たちのところに連れてきたんです。
四人で一緒に食事したり、ドライブしたことも何度もあったかな、なつかしいですよ」
「それで、どうしましたか」
「山野のやつ、圭子さんのことを好きになってしまったんです。
圭子さんは日本人形を思わせるような清楚なお嬢様という感じで、その上、とても美しかった。
惚れてしまうのも分かるんですが。
でも、よりによって友達の彼女というか、婚約者をね。山野もあれで意外と一途なところがありましてね」
山科と葉山は目を見合わせた。
「もちろん、藤川に惚れていた圭子さんは山野を全く相手にしなかった。
圭子さんももっとうまく傷つけないように断ればよかったものを……。
圭子さんはいいとこのお嬢さんだったから、思っていることをそのまま言っちゃうところがあって……。
それで、山野もだいぶ傷ついてしまってね。もちろん、藤川にもバレて、友達関係はおしまい……」
「ということは、圭子さんが言い寄ってきた山野慶蔵を手厳しくはねのけた。
それで、山野さんがとても傷ついたということですね。
つまり、山野は圭子にかなりの恨みを抱いたということですね」
「刑事さん、そうなんですよ。
藤川も曲がったことが嫌いな男だから、自分の婚約者に手を出そうとはなんという男かということで、
山野をさんざん殴りつけたんです」
「そうなんですか」
「ケンカじゃ、藤川の方が山野よりずっと強いからね」
井田の脳裏には当時のことがまざまざと蘇っていた。
藤川に喫茶店に呼び出された山野は、怒ったような顔をした圭子が藤川の横にいたことで、
異変を察したような表情になった。
マリンスポーツで真っ黒に日焼けしている藤川が慶蔵を睨みつけている。
「圭子から全て聞いたぞ」
慶蔵の顔から血の気が引いた。
「山野、てめぇ、ひきがえるのような顔しているくせに、なめたまねしやがって」
親分肌だが、短気なところのある藤川は、慶蔵がしどろもどろになって弁明するのをかまわずに
数発殴りつけた。
立ち会っていた温厚な井田は二人を止めに入ったが、慶蔵は藤川に殴られて顔を腫らしていた。
ひきがえるのようだった慶蔵の顔がもっと醜く、大きくなっていた。
そのみじめな顔を見て、嘲るように圭子が笑っていた姿が忘れられない。
あの清楚で上品な圭子があのような嘲り笑いをするのかと井田は戸惑った。
だが、同時に残酷ながらも美しい笑顔だと井田は思った。
慶蔵は涙目になったまま、喫茶店を脱兎のごとく惨めに逃げ去った。
その後姿を見やりながら、何事もなかったかのように藤川と圭子は甘いキスを交していた。
井田は今や山野財閥総帥である慶蔵のプライドを思い、刑事たちに見たこと全てを話す気はなかった。
「その後、藤川さんと圭子さんは結婚したんですね」
「そうです。それから半年ぐらい後だったかな。
山野も圭子さんが結婚したことは知っていたと思うけど、藤川に殴られてから、
俺たちの前から姿を消したからね。
もちろん、結婚式にも来ていなかったね」
そう言うと、井田は昔を懐かしむ表情になった。
「今でも山野さんとは連絡があるのですか」
井田は目を瞑った。そして、すぐに開いた。
「まあ、隠してもすぐ分かると思いますのでお話しますが、ここ1年ちょっと前から
少し資金を援助してもらっています。
額は、毎月30万円ですよ。でも、今の俺には大金です」
井田は恥ずかしげに頭を掻いた。
かつての颯爽としたベンチャー経営者の姿はそこにはなかった。
「今じゃ、山野は私の恩人ですね。ありがたいことですよ。
あれだけ事業に成功しているのに、昔の仲間を見捨てないのですから。
1年位前に、どこで俺の居場所を調べたのか、いきなり山野から連絡もらって、
ホテルの喫茶店で会ったときは何のことかと思いましたが、
こちらの窮状を察して、こちらが何も言わないのに資金援助を申し出てくれたんです。
当時の俺は借金で首が回らなかったけど、それも全部あいつが引き受けてくれて」
山科が懐疑的な表情になった。
「それは少し妙ですね。何年も音信普通だったのに。なぜだろう……?」
「昔の友達だからじゃないですか。元々、山野は友達の少ないやつでしたからね。
でも、ありがたいことですよ」
山科は手帳をめくった。
「ところで、井田さん。サンヤー株式会社はご存知ですよね」と山科が問いつめるような目付きをした。
井田の顔色が変わった。
「あ、あまりよく覚えていませんけど……」
机の上に、登記簿謄本が置かれた。
「ここに、『代表取締役 井田英二』って書いてあるじゃないですか。どうして知らないんですか」
押し黙った井田に、「知らないわけないだろ」と葉山が強い口調で迫った。
素人がベテラン刑事の追及に黙秘を通すことは非常に難しい。
よほど肝の据わった犯罪者でない限り、刑事の追及に抗するだけのテクニックも精神力もないのが
通常である。
特に、サラリーマンや高学歴者は刑事から取調べにおいて理詰めで問いただされると、
すぐに知っていることを全て白状してしまうのだという。
拷問の禁止されている日本では、刑事の取調べの技術は、必然的にかなり高度に発達していた。
元々は技術系の学部を卒業しているエンジニアだった井田は葉山の気迫のこもった
追及にいつまでも黙秘を通すことができずに、くぐもった声で答えた。
「は、はい。山野に頼まれたんですよ。会社を作るから名前を貸してくれってね」
「ただ、名前を貸しただけだというのか。本当だろうな」
「本当ですよ。この会社がどこにあるのかなんて知りませんし、
どういう事業をやるということも山野からいっさい説明がなかったので。
サンヤーのことは今、言われるまですっかり忘れていたくらいですよ」
葉山が疑わしげな視線で井田を見ている。
「井田さん。あんた、手形を振り出さなかったか。サンヤーの名義で何億円もするやつだ」
「は、はい。思い出しました。確かに、借金を肩代わりしてやるから、
その分を上乗せして振り出して欲しいと頼まれました」
「誰に頼まれたんだ?」
井田は口ごもったが、葉山に再三追求され、「山野慶蔵です」と白状した。
葉山はにたりと笑って言った。
「井田。お前が振り出した手形はその後どうなったか知ってるか?お前のかつての友人だという
藤川の手に渡ったんだ。
そして、藤川は手形が不渡りになったことで破滅した」
井田は驚愕の表情をした。言葉が出てこないという様子である。
「そ、そんなばかな」
「井田。お前、山野と組んで藤川にわざと変な手形を掴ませたんじゃないか」
「ち、ちがう。俺は、ただ、山野に言われて手形を振り出しただけだ。
その後のことは全く山野から聞かされていない。ほんとです、刑事さん」
葉山と井田のやりとりを見守っていた山科が井田に問いかけた。
「ところで、藤川さんがその後どうなったかご存知ですか?」
井田は首を力なく横に振った。
長年の経験から、井田は全く藤川社長の自殺未遂事件を知らないのだと山科は判断した。


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