どらごんさんの作品

性奴系図外伝(佐藤敬吾篇)

最終章


父が12年ぶりに刑務所から家に戻ってきて、リディアは久しぶりに家族を取り戻したという気になった。
「これからはずっと一緒に暮らせるんだろ?」
刑務所ですっかりやせ細った父のすがりつくような声に、リディアも明るく応えた。
「もちろんよ。新しい会社に勤めることになったのよ。
ニューヨーク市の郊外なので、通勤がちょっと遠いけど、なんと7万5千ドルもくれるのよ」
慶蔵と約束した帰国日は10日先に迫っていたが、リディアは日本に戻る気を失っていた。
このまま日本に戻らなければ、完全に自由の身を取り戻すことができる。
ハンスの会社にはクリスマス休暇後である2週間後に初出社することになっている。
リディアは2週間後の出社に備えて、より完璧な日本語を習得すべく、
日本出発前に買った「日本語ビジネス会話上級篇」のテキストを集中的に勉強している。
父を迎えた楽しい夕食が終わり、妹とともに後片付けをしていたリディアはふと体調の不調を覚えた。
胃からこみ上げてくるような吐き気がして、トイレで吐いた。
思い当たる節があった。
翌日の朝、リディアは近くのスーパーマーケットに妊娠検査薬を買いに行った。
「とうとう慶蔵の子を妊娠したのね」
妊娠検査薬の反応が陽性を示している。
慶蔵の子を身篭ったとなれば、慶蔵としても何らかの処遇を自分に与えざるをえないであろう。
特に、息子ともなれば、山野財閥の跡取りになることも考えられる。
リディアの脳裏に、あの広大な屋敷に息子とともに主として睥睨している自分のイメージが浮かんだ。
そうなれば、年収7万5千ドルどころではない。
山野財閥の総帥に自分の息子がなるのだ。
それよりも、単純に慶蔵の子を身篭ったことがうれしかった。
リディアは慶蔵のことを慈しむような気持ちを覚えていたのである。
一方で、不安もあった。
慶蔵が、いやその娘たちがすんなりと自分に慶蔵の子を生ませてくれるであろうか。
強情そうな瑠美の顔が浮かんだ。あの瑠美がそのまま黙っているであろうか。
正式には、自分はまだ山野家の奴隷という弱い立場である。
リディアは日本へ戻るべきか、あるいはこのまま留まるべきか、二つの選択肢が頭の中でぐるぐると回る。
慶蔵の声の反応で、慶蔵が何を考えているのかが分かるかもしれない。
リディアは妊娠の報告をすべく、手帳で慶蔵の電話番号を探した。
番号を押していく。
呼び出し音が流れた。
山野邸の正門前。
警視庁と県警の合同捜査班が一斉に踏み込む準備をしている。
門の前が騒々しくなってきていた。
出井警視正が多数の捜査員の指揮を執っている。
「いよいよですね、出井警視正」
山科警部が武者震いをした。
出井は頷いた。目は山野邸の重厚な門扉を厳しく睨んでいる。
時計を見た。突入予定時刻まであとわずかである。
「山野もこれで終わりだ」
敬吾は慶蔵の書斎にノックもせずに入った。
デスクや床の上に、雑然と書類が広げられている。
おそらく見られてはまずい書類を廃棄しようとしていたのであろう。
慶蔵は敬吾の失礼をとがめるかのように睨み付けた。
敬吾は表情を変えずに、背広の内ポケットから静かに小型拳銃を取り出した。
無言のままである。
「佐藤、なぜなんだ。どういうことだね」
慶蔵の声が上ずった。
敬吾は慶蔵の怯えの色を初めて見たが、冷ややかな視線を慶蔵に向ける。
「もし発覚した場合にはこうしろと上層部から言われていました」
口封じをされると知った慶蔵は激しく狼狽した。
「待ってくれ。金ならいくらでもある。俺を逃がしてくれ。
お前の国に潜水艦ででも、漁船ででもいいから連れて行ってくれ」
敬吾が眉一つ動かさずに引き金を引いた。
慶蔵の眉間が正確に射ぬかれた。
そのとき机の上の電話が鳴った。
トゥルルル、トゥルルル。
敬吾の目が一瞬泳いだが、すぐに平静さを取り戻した。
鳴り続ける電話をそのままにして、書斎を出て行った。
すぐに階段を駆け降りた。
「今のすごい音は何なの、佐藤さん」
敬吾は、あわてた様子の雅代とすれ違ったが、無視して縁側から庭に駆け出た。
もうすぐ捜査員が踏み込もうとしているという殺気を敬吾の厳しい訓練で研ぎ澄まされた五感が感じ取っていた。
瑠美たちは地下にいるのか、全く姿が見えない。
敬吾は息を落ち着かせるかのようと思った。
立ち止まり、内ポケットから手帳を取り出した。
一枚の写真が目当てである。
軍服に身を包んだ敬吾と背広のような地味な色合いの服を着た30歳前後の女性に幼児が写っていた。
「もう5年も会っていないなあ。でも、これで会うことができる。待ってろよ」
笑わない男と言われてきた敬吾の頬が初めて緩みを見せた。
国に戻れば、勲章は間違いない。3年前に少佐に昇格していたが、うまくいくと中佐昇進もありうる。
「そういえば、しばらく軍服に袖を通していないなあ」
敬吾の自宅に残された軍服に付けられた階級章は大尉のままであるはずだった。
新品の中佐の階級章を付けた軍服に身を包んで、同志たちの賞賛を浴びながら
勲章を授けられる自分の姿に酔った。
そのためにはまず無事に山野家を脱出しなければならない。
かつて特殊工作員として厳しい訓練に耐え抜いた自分であれば、
いくら山野邸が包囲されているとはいえ脱出できるはずだ。
「もうこれで、『佐藤敬吾』ともお別れだな」
敬吾は気を取り直すと、裏の塀を音もなく超えていった。
塀を乗り越えるときに、佐藤敬吾名義の免許証を放り捨てた。
免許証は塀際で植えられている栗の木の根元に飛んでいった。
まるで透明人間であるかのように、敬吾は表門や裏口で突入準備をしている捜査員たちの注意を引くことなく、
全く気づかれないまま山野邸から遠ざかっていった。
そして、そのまま街の中へと溶けていったのである。
街では木枯らしが舞っている。
都心に近い料亭で、慶次と悟は酒を酌み交わしていた。
テレビでは、記者会見で絶叫する慶次の姿を映していた。
涙を流しながら、世間に向けて謝罪している。
慶次に対しては「市長辞めろ」コールはいっさい起こらず、むしろ社会正義のために、
愚兄の犯罪を告発した賢弟として、人気が上がっていた。
慶次は、画面での自分の役者ぶりに苦笑している。
「私も市長を辞めることになるだろうな…………。
それに、実は、山野グループの有力企業の何人かの幹部から兄の跡を継いで
会長職の就任を打診されててね……。
親父や兄貴が大きくした会社をこのままぶっつぶすわけにはいかんだろう」
ここで兄の犯罪の責任を取るということで潔く市長を辞めれば、今までのクリーンなイメージが保たれる。
また、山野財閥そのものが解体されてしまっては、たとえ国会議員になれたとしても単なる1年生議員で
終わってしまう。
慶次は今後のことをしたたかに計算していた。
テレビが次の場面になった。
山野家顧問弁護士の棚橋澄子が記者会見を開いていた。
鋭いまなじりで、今回の捜査を不当捜査であるとして糾弾していた。
「不当捜査だと?」
酔って顔の赤くなった慶次が馬鹿にしたような声を出した。
慶次が伝え聞いたところでは、おそらく藤田浩二、家政婦の明美、雅代、
お抱え医師の小淵の四人の逮捕は固いとのことだった。
さらに、山野建設常務の田沢に、なんと広島支店長の蛭倉も容疑が固まり次第、逮捕の公算が高いという。
「田沢は、藤田と一緒に娘の静江を強姦した容疑が持たれているようだね。
あと、蛭倉は広島支店で圭子さんの弟にわいせつ行為を働いた強制わいせつ容疑だそうだ」
慶次が悟に説明した。
「そういえば、社長は酒席で、田沢常務と一緒に静江を抱いたという話しを自慢げに
語っていたことがありましたね」
悟がゆっくりとした口調で言った。
警察では、現在、被害者の静江からも事情を聞いており、田沢の逮捕状を請求できるだろうという。
警視庁は広島県警に委託して、圭子の弟から事情を聞いているとのことだった。
そのほかに暴力団関係者も何人か捕まるという。
未成年者である瑠美の逮捕については微妙であった。
しかし、性奴とされた静江もモザイク姿に音声を加工した状態ではあったが、
テレビのワイドショーなどで瑠美たちを告発していた。
「瑠美ちゃんはおそらく大学にいれないだろうな……」
慶次は姪のことを心配していた。
「圭子さんは……。藤川圭子さんの捜索は難しいんですかね」
圭子が中東の王族に性奴隷として出荷されてから、もはや半年ほど経過していた。
悟は圭子の安否をやはり気にしていたのである。
悟が慶次をすがるような目で見た。
しばらくの沈黙の後で、慶次が慰めるかのように言った。
「警察としてもインターポールを通じて捜索を依頼しているらしいが、なにぶん国家主権の問題があるからね」
力を落としたような悟の肩を慶次が叩いた。
「川上君。君も山野グループ再建に力を貸してくれ。今度は山野商事に来てくれよ。
もちろん役員としてだ。最年少の役員ということになるね」
いくら山野商事が世界中に拠点を持つ大会社とはいえ、山野グループはこれから世間の荒波を
超えていかなければならない。
もはや山野商事といえども、泥船かもしれない。
ただ泥船に乗って海の底へ沈んでいくのも悪くないと悟は思った。


完    


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