どらごんさんの作品

性奴系図外伝(佐藤敬吾篇)

第7章  接点


出井はデスクの上で、今までの捜査資料を読んでいた。
何とか慶蔵に迫る突破口がないか、懸命に考えている。
「出井警視正。お話しがあります」
ベテラン捜査員の山科警部が出井に話しかけた。
「実は、山野建設のことなんですが」
「ああ、山野建設……」
出井は山野建設の名前を知っていた。
山野グループの中でも、急成長している会社である。
山野建設社長である藤田浩二は、いったん倒産した会社を前社長から引き継いで、
数年で急成長会社に変革したという。
経済誌でも浩二の写真は何度か目に入っていた。
時折、テレビにも出演している浩二の爬虫類を思わせるような目元を出井は思い出した。
「山野建設はもともと藤川建設という名前でした。
藤川建設は元々山野グループとは資本関係のない、完全に独立した会社だったのですが…………」
「それにしても、藤川建設はそれほど魅力のある企業だったのかな。山野グループ入りするほど」
出井が首をひねった。
山科が手帳を見ながら、藤川建設の会社規模や経営状況を簡潔に説明した。
聞く限りでは、それほど成長性があったわけでもなく、単なる地方の中小企業に過ぎなかった。
出井の脳裏に疑問符が重なっていく。
「なぜなんだろうね。どうしてそんなオンボロ会社に山野慶蔵が興味を持ったのかね」
「そこはなぞですね。
山野慶蔵にとっては、藤川建設を引き取ることはかなりの損失を覚悟しなければならないことのはずですが」
確かに山野建設の業績アップは目覚しい。
倒産した会社のポテンシャルを見抜いたということで、
投資家としての慶蔵の慧眼も一部経済マスコミで高く評価されていた。
「そこの創業社長の藤川が自殺をはかっていましてね。ビルから飛び降りた……」
「どうして?」
「手形の不渡りをつかまされたそうですよ」
「ああ、そうなんだ。それで会社がいったん倒産したのか」
「で、その藤川は病院で意識不明のまま治療を受けていたのですが、半年ぐらい前に退院したんですよ。
今、どこにいると思います?なんと山野慶蔵に引き取られたそうです」
「慶蔵が単に藤川と知り合いか何かで、その面倒を見たということじゃないのか」
「ただ、慶蔵は藤川の妻である圭子を性奴隷にしていますよ」と山科が語尾を強めた。
出井の目が光を帯びた。
「山科さん。その圭子って、慶蔵の性奴隷になっている藤川圭子のことかい?」
「ええ、そうです。聞き込みの結果では間違いないと思います」
出井の頭が猛スピードで回転を始める。
「妻を性奴隷にして、夫をわざわざ自宅に引き取って看病するのか。それはありえないだろう」と出井は言った。
「藤川がビルから飛び下りたとき、誰か目撃者はいた?」
「ええ。目撃者とはいえませんが、同時刻に会社に残っていた人物がおります」
山科は言葉を区切って、「当時副社長だった藤田浩二です」と言った。
「藤田といったら、今の山野建設の社長だろ?」
「ええ、その通りです」
「当時の捜査資料を準備してくれ。藤川社長が自殺未遂したときのだ」
出井の口調は動揺していた。
出井の指示を受けて、山科警部は藤川社長と慶蔵との接点を洗い出した。
数週間に渡る捜査の結果、藤川と慶蔵はかつて若手経営者の集まりでの仲間同士だったことが分かった。
ただ、当時の集まりはもはや行われなくなって久しい。
山科は懸命の聞き込みで、当時の二人を知るベンチャー企業経営者をようやく探し当てた。
山科は捜査員の葉山を連れて、探り当てたベンチャー企業が入居している
住宅用マンションの一室を訪問した。
ドアを開けた社長の井田英二は、葉山が取り出して見せた警察手帳にぎょっとした表情を見せたが、
山科と葉山を部屋へ入れた。
部屋の間取りは通常の住宅用マンションと変わらない。
書類や機器が雑然と置かれ、社長の井田と二十代のジーパン姿の男しかいない。
ITのベンチャーらしく、CD類が整理されないまま山積みになっている。
一見して、経営に四苦八苦している様子が伺えた。
「それで、刑事さん。話しとは何でしょうか」
井田が山科たちに椅子を勧め、タバコを取り出して吸った。
井田は髪の毛を茶髪に染めてカジュアルな服装をしており、やや小太りであるものの浅黒く日焼けしている。
部屋にサーフィンのポスターがあった。
「井田さん。山野さんをご存知ですよね。山野慶蔵。」
井田の目が一瞬、遠くを見るような目になった。
「ああ、はいはい。知っていますよ。山野とはね、昔はこれでもよく酒を飲んだものです。
あの頃はよく将来の夢を語り合ったものでした。もう十五年以上も前になりますがね」
井田の声が楽しげな響きを持った。
「藤川さんもご存知ですよね。確か、藤川さんと山野さんは同い年だと思いますが」
井田の動きが一瞬止まった。
「はい。それが何か……」
「藤川さんと山野さんとの間の関係はどうでした?」
「どうって、別に。ただの友達だったようだけど」
葉山が細かい書き込みをしてある手帳のページをめくり、井田を見据えた。
井田のタバコを持つ手が微かに震えていた。
「当時をよく知る人に聞いたのですが、あなたと山野さんと藤川さんとは、特別に仲が良かったそうですね。
三人でよく旅行に行ったり、ゴルフに行ったりしていたそうじゃないですか。
ところが、あるときから疎遠になっていった……。なぜです」
「なぜと言われても…………。もう、昔の話ですし。お互いの仕事が忙しくなったからかな」
井田はタバコをもう一本取り出して、せわしなくライターで火を着けた。
山科もタバコを取り出して、ゆっくりと吸う。
「ところで、井田さん。圭子さんって知っていますか?藤川圭子さん。当時は旧姓で……」
井田は驚いたように、咥えていたタバコを落とした。
あわてて咥え直す。
「い、いやあぁ。昔の話なので、よく覚えておりませんが。それがどうかしたのですか?」
「いや、特にたいした話しじゃないんです。分かりました。お忙しいところ、ご協力ありがとうございました」
山科はあっさりと話しを切り上げて、立ち上がった。
マンションを出た山科は葉山に言った。
「あいつは何か知っているな」
葉山捜査員は井田英二の背景を調べてみた。
井田が警察手帳を見たときの反応もそうだが、会社を訪問したときの雑然とした
雰囲気がどうも気になったのだ。
井田は地方の国立大学の工学部を卒業して、機械メーカーで二年ほど勤務した後で、
自分の会社を立ち上げていた。
藤川や慶蔵と交流していた15年ほど前は井田の会社は優良ベンチャーとして時代の波に乗りかけていた。
その頃の井田は成功したビジネスマンとして颯爽とスポーツカーを乗り回していたという。
その後、業績不振に陥るようになり、かつては50人を超えた従業員も次々と退職して、
今や二人のみしか従業員はいなかった。
また、私生活でも5年ほど前に、妻から愛想をつかされて離婚していた。
井田がIT会社を経営しているとはいえ、今やまともな取引もほとんどなく、
ほぼ休業状態であることもすぐに判明した。
実は、井田はすでに井田の会社が所在している地域の所轄警察署によって内偵されていることも分かった。
葉山は所轄の警察署を尋ねた。
生活安全課の刑事が応対した。
井田は違法ポルノを大量に複製して販売しているという疑惑をかけられていた。
ただ、井田は狡猾にもなかなか証拠を残さないらしい。
葉山は大量のCDをマンションの部屋で見かけたことを思い出した。
葉山は先日、井田のマンションを訪れたときの話をした。
「もう身柄を確保するぐらいのほうがいいでしょうね。CDを見られた以上、井田もやばいと思うだろう。
早くしないと証拠隠滅の恐れがあるかもしれない。
本件では緊急逮捕でガラを押さえるのは難しいが、なんとか現場を押さえて、
現行犯逮捕に持っていって欲しいんですが。
それが無理なら、せめて任意同行を求めて欲しい」
本庁から来た刑事とはいえ、今までの捜査方針と違うことを葉山が提言したことに所轄の刑事も戸惑ったが、
「裏には大きなヤマがあるんです」と葉山が言ったことで、所轄の刑事も納得した。
「井田を押さえたら、連絡を下さい。よろしくお願いします」
葉山は刑事に対し、丁寧に礼を言って所轄署を後にした。
出井は山野慶蔵を追い詰めるべく、地道に潜行捜査を展開していた。
状況証拠はそれなりに積み上がってきていた。
ただ、慶蔵は政財界の大物であり、政治家との付き合いも深い。
出井は警視庁のみでは手に余ると思った。
そこでいくつかの事件を通じて面識のあった検察庁の竹川検事へと話しを持っていこうと考えた。
慶蔵のような巨悪を放っておくことは社会にとり有害である。
出井は面子よりも巨悪を葬ることを重視しようと考えていた。
竹川亮介は、検事として事件捜査に従事できる自分を楽しんでいた。
竹川はすでに40代半ばであり、出井とほぼ同年輩である。
難しい司法試験に挑戦できたのも巨悪を徹底的に追及したいという正義感のためだった。
山野慶蔵を追及できるかもしれないというのか。
慶蔵には人身売買疑惑があり、薬物取引疑惑もあった。
捜査の鬼と言われてきた警視庁の出井警視正が検察庁を訪問している。
「今度のヤマは大きな協力者がいるんですよ」と、初めて慶蔵を追及できるということを聞いて
難色を示した竹川に対し、出井はきっぱりと言い切った。
協力者は慶蔵の弟である山野慶次だという。
竹川の目が驚きで開かれた。
山野慶次と言えば、政府与党の公認で市長に当選しながらも、これまでのしがらみをものともせずに
いっさいの汚職を排除して、市の財政を健全化させた辣腕市長である。
地方政治の若き改革者として、時折マスコミにも登場していた。
慶次の容貌は慶蔵とよく似ているが、性格が正反対というのは、
時折週刊誌ネタで書かれることなので知っていた。
慶次は言ってみれば、地方政界とはいえ、政府与党の若手の有望株と言っていい。
「慶次は慶蔵の弟ですが、その点は大丈夫なのですか?」
竹川の目がまだ信じられないという光を放っていた。
出井は慶蔵のおぞましい性的嗜好について竹川に語った。
性奴隷を飼育しているという趣味である。
「慶次さんは、慶蔵のそのいかがわしい趣味に附いていけないんですよ」
出井が慶次を市庁舎に訪問してから、すでに何度か慶次と会っていた。
慶次はすでに兄に愛想を尽かし、出井に協力する気になっている。
慶次は兄の悪事が白日の下に晒されるのはもはや時間の問題であると思っていた。
慶蔵には表と裏の顔がある。
表の慶蔵は財閥の当主であり、裏の慶蔵は闇社会の顔役である。
いくら慶次が協力してくれるからとはいえ、慶蔵を追い詰めるのは至難の業に思えた。
下手をすると、検察ファッショとして、糾弾されかねない。
ただ、やりがいは大いにある。
検事としても、悪の権化ともいえる慶蔵を断罪したい気持ちは強いのだ。
竹川は、「ぜひやろう」と力を込めて、出井に言った。


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