どらごんさんの作品

ジャスティーナ  第三章性奴E


(もうセミの鳴き声も聞こえなくなっているのね……)
 ジャスティーナは藤堂邸の廊下をユリアに引かれていきながら、季節の移り変わりを思った。
黒っぽい服装に身を包んだユリアが今日はいつもより意地悪そうに見えた。
外はすでに日が暮れている。藤堂邸の庭に設置された照明灯の光が廊下を照らしている。
「今日はお客さんに、お前のいやらしい肉体を見てもらうのよ」とユリアは後ろを振り返りながら告げた。
 ジャスティーナはすでに磨り減って光沢をたたえた廊下をしずしずと歩んでいく。
 ジャスティーナは粗末な白い木綿のワンピースを着ていた。下着を着用していない。
座敷の障子戸の前で、ユリアが両膝をついて、両手でゆっくりと障子戸を引いていった。
ユリアは立ち上がると、ジャスティーナを引きずるように、座敷の中へと入っていく。
「早く入りなさいよ、ジャスティーナ」
ユリアの手には鎖が握られている。
(そんな恥ずかしいわ……)
見知らぬ他人に肌の全てを晒すということはなんともいえずに恥ずかしい。
しかし、奴隷に堕ちたジャスティーナには拒否権はないのである。
ユリアに鎖を強く引っ張られて、ジャスティーナは引きずられていく。
(部屋の奥に行かないで……恥ずかしいから……。
すぐ逃げられるように、障子戸の側にいたいのよ……)
黒々と光る首輪に繋がれた鎖をユリアに引っ張られた。
ジャスティーナの網膜に、藤堂がほぼ同年輩の男と二人だけでいるのが映った。
「この方は黒川さんだよ」
 黒川と呼ばれた男が怪訝な表情でユリアとジャスティーナを見た。
いきなり白人女性が二人も入ってきたことに当惑している様子がありありとみえた。
黒川は、エネルギッシュな藤堂とは違い、色白で細面の顔をしている。
苦労が多いのか、髪はすでに白くなっていた。藤堂は、落ち着かない様子の黒川に酒を勧めている。
「黒川さん。会社が倒産してつらい気持ちもわかるが、貴方の気分を晴らすために、
この女を呼んだのですよ」と藤堂が言うのに、黒川は疑わしげな目を向けていた。
「お酒を足しに来たのかな……。よく気の利いたことですね」と黒川は皮肉っぽく言った。
「黒川さん、この白人女に見覚えがあるでしょう……。
首輪をしている方の女だが……。忘れるはずもないが」
 藤堂が意味ありげに、黒川に笑いかけた。
「どういう……ことでしょう……」と黒川は首をひねった。
「黒川さん、吉祥寺の件はもうお忘れですか」
 黒川は、しっかりとジャスティーナの顔を見据えた。
「あーー」
黒川は驚きのあまり酒を満たされた盃を落としてしまった。畳の上に、酒がこぼれた。
「ジャスティーナ。落ちたお酒を舐めなさい」とユリアが完璧に近いが、どことなくおかしな日本語で、
ジャスティーナに、舌でこぼれたお酒を舐めるように言ったが、ジャスティーナは、まだ立ち尽くしていた。
「お、思い出したぞ。忘れるはずがあるものか……。
一度は、完全に地上げに成功したと確信した吉祥寺の土地を、
あの土地を、外資系投資会社のエリートだったこの女が横取りしてしまったんだ……。
それで、私が社長をしていた不動産会社は大きな負債を抱えて倒産してしまった……」
黒川は感情的になり、声のピッチを上げ始めていた。
「倒産した後の黒川さんは、かつての仲間たちから、といっても暴力団関係者なんだけど、
その人たちから仕事を細々と回してもらって、何とか糊口をしのいでいるんだよ」
 藤堂が非難するかのようにジャスティーナに言った。
黒川のジャスティーナを見る目が憤怒の炎を帯びた。
「おい、ジャスティーナ。舐めるのはもういいから、早くお客さんにご挨拶しなさい。
この方をよく覚えているだろう」と言って、藤堂はジャスティーナの尻を平手で叩いた。
「お前、あのときはえらそうなことを俺に言っていたよな」と黒川は、怒鳴り上げるようにして言った。
 ジャスティーナはピンク色の可愛い舌を伸ばして、こぼれた酒を舐め取っていた。
片手で金髪がしなだれかかるのを押さえていた。
舐め終わったジャスティーナが顔を上げると、軽蔑したような表情で見下ろしている黒川と視線が合った。
ジャスティーナも黒川のことを思い出している。
「あのときのあんたは、小奇麗なインテリジェントビルに収まった投資会社のオフィスで、
小馬鹿にした態度で俺達に接していたんだが、今は惨めな奴隷になり果てているのかね。
よく恥ずかしくないね。いい気味だと思うよ……」
(あ、あ……あのときの地上げ屋がどうしてここに? )
ジャスティーナは、黒川の会社が倒産したということも風の噂で聞いて知っていた。
黒川の恨みは藤堂よりもはるかに深いはずである。
黒川に会社のオフィスで会ったときに、黒川の風貌が冴えないことから
小馬鹿にした態度を取ってしまったことをジャスティーナは深く後悔した。


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