えりさんの作品

再会 その8 えりの気持ち編



  しとしとと、降り注ぐ雨が傘を伝う。
自身が望んでいた過去の出現に驚きながらも、逃げないことを決めた私。
先に沈黙を破ったのは木村君だった。
「えりさん?」
 私はとまどってしまった。
 なぜ、奴隷に「さん」なんてつけるのだろう。
「木村君?」
私も、とっさにそう答えた。昔のように「様」を付けて呼ぶのを、その場の空気が拒絶している気がしたから。
「そう。木村。やっぱり覚えていたか・・・。当たり前だよな。
散々虐めていた奴なんて忘れるわけがないか・・・。実は言っておきたかったことがあるんだ。」
 木村君が私に言いたいこと?
思わず私は「何を、でしょうか?」と訊いてしまった。
なんとなくまどろっこしくなって、「私も木村君に話したかった事があります」と付け加えた。
 でも、言いたかったことなんて、ない。
私がいま彼の前に立っていて、逃げていないということで、十分伝えられるものがあるのではないか。
 そう思い、何も言えずに見つめる私に、木村君は言った。
「場所を変えて話せないかな?」
私は、黙って頷いた。
彼の言うことに私がさからうはずはない。
沈黙が支配する中、私たちは程近い公園に入って行った。
この雨で誰もいない。彼は私を、かつての地獄に連れ戻してくれるのではないか。
誰もいない暗闇にこのまま引きずり込んでくれるのだろうか。
だが、彼は私を促すと、雨避けの屋根の付いた自販機のある設備の中の冷たい石のベンチに座り、
私にジュースを手渡した。
驚いた私が「ありがとうございます」というお礼の言葉を言い終わらないうちに、
木村君は堰を切った様に喋り出した。
「勝手な言い分かも知れないが、今更許して欲しいなどとは言わない。
だが、聞いて欲しい。
俺は二年間、院の中で過去の過ちを悔いて反省し過ごしてきた。
そして、今も取り返しのつかない事をしたと思っている。
数日前、俺と小野が殺めた筒井氏の家に謝罪に出掛けたが、留守だった。
その帰りに偶然君を見つけた。
その後、何度も訪ねようと思ったが、勇気が無かった。
そして今日、再会する事が出来た。どうか、昔の俺を許して欲しい。」
 木村君が一生懸命語るのを、私はどこか信じられないような気持ちで聞いていた。
 この瞬間が来るまで、木村君が更生している姿を、実はまったく想定していなかったことを、
私は自分で気づいた。
いまさら現れた昔の奴隷など、迷惑だとさけられたらどうしようかと思っていた。
でもちょっと昔に戻るのも悪くないと、気まぐれにいじめてくれることが
あったらいいなとわずかな望みをかけていた。
 だがいまの木村君は、私を一人の人間として扱ってくれた。
 私は、ついさっきまでまったく想像できなかったことなのに、素直に受け止められた。
 私の青春を奪われたという恨みつらみも、その真反対の「どうせ忘れられないなら、
いっそ、もっと根こそぎ奪われたい」という自虐的な願望も、
その瞬間、すべてが溶けて消えたような気がした。
 そして私は、心から、彼の自由になりたいと思った。


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