えりさんの作品
えり断章 番外編 えりの気持ち 下
でも、と私は思いました。
このコは……藤本さんは……ちゃんと通学路で見かけた私に声をかけてくれた。
たぶん、最初は少しためらったけど、思い切って声をかけてくれたんだ。
それだけだって、勇気のあることだ。
今の私は、それぐらいのことは気づくようになっていました。
「ううん……心配してくれてありがとう。あのサークルは、最近ちょっとお手伝いしているの」
私は、それ以上本当のことを言うことは出来ませんでした。
でも、少しの勇気かもしれないけれど、勇気を持って接してくれた彼女に、
私はもっと正直に言わなければいけないことがあるような気がしました。
こういうとき、なかなか言葉が出てきません。
このままでは、じきに大学に着いてしまいます。
私は、思い切って言うことにしました。
私も、少しの勇気を持とうと思いました。
あのサークルにどういう噂が立っていたのか、私も知っていました。
男の子のためのナンパサークルで、男の子たちと対等に遊んでいる女の子は金持ちの家の子どもだけ。
普通以下の家の女の子は最初は甘く誘われるけれど、騙されて乱暴されて、
写真を撮られて男の子たちの言いなりになる。
えりはお金持ちの子じゃないことは一目見ればわかるから、
部室とかに出入りしていれば当然どういう扱いをされているのか外からはバレバレ。
サークルの男の子たちは、まるで所有物を自慢するように、
サークル主催のキャバクラやイベントでは人前で女の子たちの身体を無遠慮に触ったり、
キスしたりしますが、誰も抵抗しません。
「私は大丈夫。でも、噂する人がいろいろ想像するのは自由だと思う」
私はそう言いました。藤本さんはただ私の顔を見ていました。
「空、きれいだよ」
藤本さんはつられて上を見上げます。
今朝まで雨だったのですが、いまはすっかり日本晴れです。
「私、うちの大学に藤本さんがいてくれてよかった」
これが、いま私の言える精一杯のことでした。
藤本さんは小声で、でもしっかりと「ありがとう」と言ってくれました。
水溜りをよけながら、藤本さんは照れ隠しのように言いました。
「今朝まですごい雨だったねー」
「だったねー」
私は唱和するように答えました。
もう前のような、屈託のない二人に戻っていました。
昨日は大雨で外に声が漏れにくいからと、部室でさんざん嬲り者にされた私ですが、
そんなことも遠い世界のことのように感じられます。
ふと見ると、ちょうど反対車線に止まったワゴン車がありました。
私は反射的に身を堅くしました。
あのワゴン車はサークルの持ち物でした。
車のクラクションが鳴り、運転席にいた男の子が指でクイッとやります。
乗れ、という合図です。
私は車の方にうなづき、駆け出す前に藤本さんに会釈しました。
すると藤本さんもなにかわかったかのように少し笑って、言いました。
「今日は話せてうれしかったよ」
「うん、ありがとう」
駆け出した私の背中に藤本さんの声が追っかけてきました。
その距離は二人にとってもう絶対に乗り越えられないものでした。
「私も、えりが大学にいてくれてよかったって思うよ」
私は振り帰ってうなづくと反対車線に向かって走り出しました。
「どっこいしょっと」
ワゴンの後部スペースに乗り込んだ私に複数の男子の手が伸び、
私はかけ声とともにその場で大股を開かされました。
「せーの!」
窓の外に、藤本さんが見えました。
ワゴンの方など見向きもせず、校門近くにいた同じゼミの仲間と何事もなかったように合流しています。
私はサークルのメンバーに股間をむしゃぶりつかれ、
おっぱいを揉まれながら「それでいい」と思いました。
私は普通の女の子と同じ道は歩めない。それを誰かのせいにしたり他に言い訳は求めない。
でも、同じ大学に友だと呼べる人がいるから励まされた。
彼女に見てもらいたいわけじゃない。
でも、こうして足も開ける。
自分から声も出せる。
たくさんのサークルメンバーの中で、一人で頑張れる。
窓の外に見える青空はきれいでした。