えりさんの作品

奴隷階級えり・7

  いじめっ子たちは、少年犯罪者として告発されることもなく、無事進学していきました。
 いまでは、ちゃんとした企業に就職しています。
 当時の私たちは、彼らの将来を守ったのです。

 3号が黙って死んだのなら、私も黙っていようと思いました。
 彼女の分まで頑張ろう…なんてことは当時思ってなかったですけど、でも、
 3号のこと思い出すと頑張れるっていうか、尽くせるっていう感じはありました。
 
 暴力を振るう人間って、自分の拳や蹴りで相手の肉体が音を立てる感触を一度知ると、
 みつきになるのだと、DV(ドメスティックバイオレンス)の本に書いてありました。
 いじめっ子たちもそうでした。最初は暴力をふるうことはなかったのに、一度その味を覚えると歯止めが
 ありませんでした。
 そして、暴力を受ける側も、逃げられる状態でも逃げないので暴力を余計助長するのだそうです。
 夫からDVを受けた妻が逃げないのは、他で生きていける自信がないからだと本には書いてありました。
 たしかに、当時私は、どこに逃げても撮られた写真やビデオをバラされたら
 破滅だと思っていましたから、似ていたと思います。
 でも暴力を受けた側が逃げないのはそれだけではなく、なんていうのかな、意地みたいなものも
 あるんじゃないかなって思います。
 絶対逃げないし、文句も言えないけれど、暴力を受け続けることで、こんなにひどいことをされ
 続けているんだって証明したい。
 世間に暴露したいんじゃなくて、いじめている相手や、教室のみんなに示したいんです。
 
 3号もそうだったんだと思います。
 無言で、これは死ぬほどひどいことだったんだと言いたかったんだと思います。
 こんなにひどくいじめるのは自分で最後にして欲しいと訴えていたのかもしれません。

 実際、いじめは以前ほどはひどくなくなりました。
 でも、いじめっ子たちは無理してでもいじめを続けたかったんだと思います。
 やめてしまったら、ひどいことをしたと認めることになるから。

 私も、いまから思えば、似たことを考えていたような気がします。
 これでやめられたら、私たち、ただの被害者になってしまう。
 ハッキリ意識はしていませんでしたけどね。

 私は被害者ではなく、奴隷でした。少なくとも、3号の自殺から卒業までの半年は、お仕着せではなく、
 奴隷の自分に成り切っていたと思います。

 「3号のことを覚えていらっしゃいますか? 3号は死ぬ勇気はありましたが、奴隷の身分からは
 逃げ出しました。
 私は3号を忘れませんけど、奴隷としては、最後までお仕えできたのは私たちだと思っています。
 でも、きっとみなさんは、私たち奴隷のことなんて、もう誰が誰だか
 覚えていらっしゃらないかもしれません。もちろん、それで不服はないです。
 私たちは番号で呼ばれる存在。虫けら以下の、奴隷なのですから」

 でも私は忘れない。彼女たちを―。
 虫1号。葬儀屋の娘。いつもどもっていた。クンニが得意で見世物ショーのときに私をイカせてくれた。
 虫3号。耳たぶの後ろに痣があった。
 大柄で、いつもうつむきがち。無口だった。オナニーのとき、一番乱れた。
 なにもかも不器用で、根性焼きの跡は一番多かった。
 
 「そして私は虫2号。お下がりの制服を着て、臭い弁当を持ってくる小柄な娘。
 おとなしいけど、いじめるとよく泣くので面白がられていました。
 フェラチオをずっとするように訓練されて、三匹で一番誉められていました」

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