霧裡爺さんの作品

電車5



 夕方5時。混雑をし始めた電車の中に由紀子は乗せられていた。
昼間、イライラする気持ちに任せて、2人の少女を叱りつけたのと同じ電車である。
「じゃあね、オバサン。しっかり反省すんだよ。自分のバカさ加減を」
 ほくろだらけの少女が含み笑いをしながら言った。由紀子が叱った少女のうちの1人だ。
「カーワイソー。見て、こいつ。また泣きそうになってるー」
 由紀子の横から別の少女が、楽しげに顔を覗き込む。
「案外楽しんでるかもよ」と、由紀子の背後の少女。
 だって、ほら――と、少女が目線を下げた。
 つられて見た少女たちが、くすくすと笑う。
 他の乗客たちは誰も気づいていなかった。
車両の一部を我が物顔で占拠している派手な身なりの少女たちの中に、リンチを受けている囚われの女がいることを。
由紀子が小柄だということもあったが、危ない感じのする少女たちの集団に誰もが無関心を決め込んでいるのだ。
 由紀子を連れて倉庫から出た少女たちは、さらに駅で仲間たちと合流して数を増やし、今では30人を超えている。
 独特の口調のアナウンスが、次に停車する駅名と乗り継ぎを告げた。
「あ、もうそろそろか。なにか言い残すことない? ――って、言えないんだったな。ははっ」
 口の中には穿いていた下着が丸めて突っ込まれていた。
パンティーとストッキング。
しかもそれを吐き出すことができないように、釣り糸が何重にも猿轡のように巻かれている。
丈夫で噛み切ることもできないうえに、よほど近くで見ないとわからないほど透明な糸だ。
 由紀子は必死に呻いて首を振る。
「助けて欲しいの?」
 目を見開いて何度もうなずく。
 どうしよっかなー――と、ほくろだらけ少女が、あごに指を当てて小首を傾げ、
思わせ振りに微笑む。憎らしい仕草だった。
「反省できてんのかー?」
 大きくうなずく。
「なんでもできるか?」
 とにかく嘘でもいいから、この危機を切り抜けねばならない。由紀子は、ウンウンとうなずいた。
「じゃあ……わたしのオシッコ飲める?」
 由紀子の周囲を埋めている少女たちが吹き出した。
 人間便器になるんだよ――と、ほくろだらけの少女の指が由紀子の唇を突付いた。
(……そ、そんなこと――)
 考えただけでもおぞましさに吐き気がこみ上げる。
が、それでも由紀子はうなずいて見せた。今は、それしかない。
「おまえ、今、一瞬イヤな顔したろ」
 あわてて首を振る。
「本気でウチらのドレイになれんのかよ」
「死ぬまでだぞ」
 周りの少女たちからも声が飛ぶ。由紀子は何度もうなずいた。
 そこに、「えー」と不満げな声が上がった。
「こいつさー、ミ・シ・メってのにするって言ったじゃんよー」
 ほくろだらけの少女の横にいる太った少女が、モゴモゴと呟いた。
由紀子が電車で叱った2人の少女のうちの、もう1人だ。
 それを言うなら”見せしめ”っつうんだよ――と、少女たちが笑う。
 電車がガクンと揺れ、減速を始めた。駅が近いのだ。
「オバサーン。とっても残念だけど、今のとこドレイは間に合ってんだよねー」
 ほくろだらけの少女がニタニタと笑いながら、由紀子の肩に手を載せる。
「それにさ、ウチら、やられたら100倍返しが基本だから。あきらめてここで恥かいてちょうだい」
 最初っから――。
 許してくれる気など、なかったのだ。笑っている顔にそう書いてある。
 由紀子の産毛が逆立った。
 肩から滑り落ちる少女の手が、由紀子の首に掛けられているリモコンを握り、スイッチを入れた
一気に最強に。
 ブゥーンと、モーターが唸る。
(ハオゥッ!)
 機械の暴力に痛みを感じたのは一瞬でしかない。
すぐにそれは掻痒の悦びと、官能の甘美なうねりに変わった。
 好き放題に弄りまわされ、なぶられ、オモチャにされ、それでいて1度も達してはいない焦らされた恥肉が、
悦びの収縮を示して生命のない侵入者を喰い締める。
 膝の力が抜け、ガクガクと震えた。それでも由紀子は倒れることができない。
「ねえ、オバサン。ウチらに言ったよね。『常識はないの』って。今のあんたは、どーよ」
 ほくろだらけの少女が、由紀子の顔を覗き込む。
「ま、せいぜいその常識ってのを発揮してガンバッテねー」
 電車が停まり、由紀子の背後の乗降口が開いた。
向かい側のホーム、さらにその向こうのホームにも人が大勢並んでいる。主要駅なのだ。
「バイバーイ」と、ほくろだらけの少女が耳元で告げた。
 由紀子を人目から守っていた少女たちは、あっけなく囲いを解き、
ぞろぞろと他の乗客たちと共に降りてゆく。
(ヒッ! う、うそ……いやっ、イヤー!)
 由紀子は必死にもがいて、身体を揺らした。
 独り最後まで残っていた太っている少女が、由紀子の耳に「ブリブリ、ブー」と擬音を吹き込んで、
走って電車から降りてゆく。
(ま、待って。置いていかないで。お願い――)
 ほとんどの乗客が降りた車内。普段なら入れ違いに同じくらいの乗客が乗るはずだった。
他の車両ではそうだ。
 しかし、由紀子のいる車両には誰一人として乗る者はいない。
 並んでいた客たちは、どうしていいかわからずにポカンと口を開けて見ていた。
 突如現れた全裸の女、由紀子を。


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