マルティニークの子供さんの作品
心の壊れる音がきみにきこえるか 1
いつもより少しだけ濃い目に化粧をした。鏡をジッとみつめて心の中で自分に言いきかせる。
「もし和幸がどうしても聞きたいって言ってきたら、言おうね」
ケータイで時間を確認して立ち上がる。深呼吸して玄関へと歩き出した。
「つきあってほしい」と和幸に言われたのは2ヶ月前だ。
やんわりと断ったわたしを、飲み会やら食事会やらつれまわし、2人で映画に行ったりと、
なし崩しに付き合う格好になって3週間。
20代で健康な和幸としては当然のようにキスしようとしたり、ホテルに誘ったりする
その度に拒絶してきた。
和幸と二人で飲みに行った時、たまたま居酒屋の有線で「硝子の少年」が流れていた。
わたしはフラッシュバックを起こした。
叫びだしそうになるのを必死でこらえ、トイレに駆け込んで嘔吐した。
高校時代、この曲をカラオケで歌わされながらレイプされたのだ。
実は思い出したくもないのだが、高校時代わたしは酷い性的イジメを受けていた。
そのせいでしばらくは心が壊れてしまい、通常の生活すら送れなくなった。
なんとか異常でなくなったと思えたのは高校を辞めてから2年以上たってからだ。
今のようにとりあえず社会復帰できるまでさらに2年かかった。
イジメられる前、読書が好きだった。歌をうたうのも大好きだった。
でも、高校を辞めてからは、すべてがわたしの心を切り裂く凶器になった。
小説の中の単語が、流行の歌謡曲が、あのイジメをよみがえらせる。
「青春、幸せ、大切なもの、SEX、友達、、、」そんな言葉を見るだけで何もなくなって
カラッポのわたしの心は、ひしゃげてつぶれてコナゴナになる。
カラオケボックスでたくさんの男子から輪姦されながら歌わされたいろんな曲、フェラチオさせられ
「終わるまでにイカセなかったら、ぶっ殺す」と言われながら聴いたすべての曲が、
わたしのあたまを狂わせる。
和幸はわたしの様子が普通じゃないのに「何か」を感じているのだろう。
昨夜電話で「話がある」と言われた時、そのことだと思った。
なかなかヤラせてくれない女に「別れ話」をきりだすか、「何か」の正体を問い詰めるか。
もし別れると言うのなら仕方ない。もともとわたしなんかが普通の男性と付き会おうというのが無理なのだ。
でも、もし和幸が「何か」のことを聞いてくれたら。
そして、万が一、その事をきいても、わたしと一緒にいたいと言ってくれたら。
すべての過去は消えはしない。ただ受け入れ、時々忘れてゆく。
駐車場から車を出し、和幸のマンションへ向かう。
わたしはすべてを話せるだろうか?
彼は、わたしの告白を聞いてくれるだろうか?
彼は、どう言ってくれるだろう。