マルティニークの子供さんの作品

心の壊れる音がきみにきこえるか 3


 電車に揺られながら窓の外を眺めていた。
 だけど本当に風景を見ているわけじゃない。
 仕事のストレスに思考力を奪われ、ボーッとしているだけだ。
 池袋で山手線を降り構内のコーヒーショップに入る。
 カフェオレを頼み、ゆったりしたソファに体をあずけ、全身の力を抜いた。
 自宅はここから私鉄に乗り換え5つ目の駅だが、急いで帰ったからといって誰かが待っているわけじゃない。 仕事を家まで持ち帰らないための、エアロックのつもりだ。
 さみしい、とは思うが、過去の経験から今はそれでいいのだ、思い込む。
 孤独に耐えなければ。自分自身が強くなること。それが、あたしが自分に課した宿題だ。

 中学の頃、イジメられていた。
 荒れていた学校で、クラスメイトの中にはレイプされて自殺した子もいた。
 それと比べればまだマシだったが、それでも登校拒否になり、卒業とともに故郷を飛び出した。
 東京に出た16のあたしは、テレクラでエンコーしながら、知らない男の部屋で何週間か暮らした。
 そのうちキャバクラに勤め、自分でアパートを借りられるようになった。
 その頃もさみしくてたまらなかった。
 何人もの男と付き合ったが、デートもSEXもありきたりであたしのココロは満たされなかった。

 18の時、その男に出会った。
 タチバナという、30代の輸入代理店のオーナーは、あたしのココロの隙に付け込んだ。
 「お前が求めているモノを、ボクはあげられるよ」 そう言った。
 2,3回、お店に通ってきたタチバナと、アフターに付き合い、すぐにホテルに行った。
 タチバナは他の男のようには、あたしを扱わなかった。
 乱暴にベッドに押し倒しもしなかった。
 自分は服を着たまま、あたしだけ全裸にされオナニーするように命じられた。
 今までにない快感を味わいながら、何度もイッタ。
 イク度に平手でぶたれた。
 「あたしはタチバナ様のオモチャです」と言わされた。
 「ご主人様」と呼ぼうとしたら、革靴をはいたままの足で蹴られた。
 「お前は、奴隷じゃないんだ、人間ですらないんだ。単なるオモチャだ。
 だから俺は主人でもない。オモチャの所有者だ」

 キャバクラを辞めさせられ、ありとあらゆる陵辱を受けた。
 見ず知らずの男たちに輪姦された。
 昼間の公園で、全裸で排泄させられた。
 何十人の男の精液を飲まされた。
 汚らしいホームレスのお尻を舐めさせられ、犯された。
 大勢の男女の前で、犬とSEXさせられ見世物にされた。
 顔も性器もうつった写真を雑誌に投稿された。
 ピンクサロンに勤めさせられた。
 ちょっとでも嫌がるそぶりをみせたら、殴られ蹴られ、ムチでぶちのめされ、
 タバコの火を背中や太ももに押し付けられた。
 しまいには、覚えのない借金まで背負わされた。
  
 今考えれば、狂っていたとしか言いようがない。
 タチバナを愛し、依存し、愛されていると、頼られていると、勘違いしていた。
 きっかけが何か、実は記憶があいまいだ。
 とにかく、当時は天国だと思い、今は地獄だたと思うあの生活からなんとか抜け出した。
 

 今はさみしくてもいい。
 
 カフェオレを30分以上かけて飲み干し、あたしは自宅に帰るために立ち上がった。
 今はあたしは借金を返すために、風俗に勤めている。
 たばこのやけど痕があるので、ヘルスやソープは行きたくなかった。
 収入は低いが、全裸にならずにすむ「M性感」という店におちついた。

 今はさみしくても良い。  何度も何度もくりかえす。
 
 あたしは「オモチャ」じゃない。人間なんだから。

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