マルティニークの子供さんの作品
心の壊れる音がきみにきこえるか 5
(4の続き)
私は高瀬しのぶと一緒に下校した。
しのぶはクラスで唯一、イジメに関して本音を言える相手だった。
高校から大分離れてからでないと、二人きりでもその話はしない。
万が一でも誰かに聞かれたら、そしてそれをいじめっ子にチクられたら、、、、
そう思うと私もしのぶもことさら慎重になった。
しのぶの家の近くの公園まできて、ようやく話が始まった。
「遠藤さん、あんなのが入るようにされちゃったのね」 と、しのぶ。
牛乳ビンのことを言っているのだろう。
「うん、可哀想だよね。それに、ローソク。熱そうだった。ヤケドしないのかしら」
「たぶん、炎が肌に触れなければ平気なんじゃない?だって、前にもやられてたけど、
ヤケドアトないみたいだし」
「しのぶはよく見てるよね。私はダメ。見てらんない」
「でも目をそらしたりするのあいつらに見つかったら、大変よ」
「うん、わかってる。だから見てるふりをしてるの」
正直にいえば、しのぶがあのイジメに対してどう思っているかは、よくわからない。
「ねえ、気がつかない?牛乳ビン、スーって入っちゃったでしょう、遠藤さん、たぶん濡れてたんだと思うの」
「ちょっと、しのぶ。そんなこと言うもんじゃないわ。あんなことされて濡れるわけないでしょ」 と、私。
「怒らないでよ。なにも変な事言ってるわけじゃないの。
一種の自己防衛機能が働いて、あんなことでカラダが傷つかないように濡れるんだと思うの。
あたしやあなたでも同じ事されれば、同じようになるわ、きっと」
背筋がゾクッとした。しのぶとは中学に入学してからずっと友達だった。
しかも2年になってすぐ遠藤志津子に対するイジメが始まってからは、唯一心を許せる親友と言っていい。
その彼女が言ってることが、理解できない。
「ねえ、しのぶはイジメをやめさせたいって思っているんでしょう?」
「ええ、もちろんよ。でもあいつら、特に工藤百合と浦沢優子、斎賀和幸と真辺健一郎。
4人のイジメッ子はよっぽどのことがない限り、イジメをやめるとは思えないの」
「やっぱり警察にいってもダメかな?」
「だめね。たぶん、遠藤さんが勇気を出して告発しても、彼女の方のダメージが
大きくなるってことも考えられるし」
「やっぱりしのぶって、、、頭は良いかもしれないけれど、なんか冷たい」
そういうと、しのぶが黙ってしまったので、言い過ぎたかな?と反省した。
「ごめん、しのぶの言うとおりだと思う。冷たいって言ったの、取り消す」
考え込んでいたしのぶが顔を上げ、私の瞳をまっすぐに見た。
「あいつらはね、他人を同じ人間だと見てないのよ。遠藤さんでも誰でも、叩いても恥をかかせても、
それは当然の権利だと思っているの。
だって彼らは自分たちが〔偉いのだ〕と、〔特別な人間だと〕信じこんでいるから」
一度言葉をきりあらためて私の目を正面から見据えた。
「なんで遠藤さんが、イジメられるままになっていると思う?」
「だって、イジメられてるわけでしょ」
「暴力よ。人間誰だって、痛いのはいやだ。あなただってそうでしょ」
「それは、もちろんよ、、、でも、、、」
「あいつらの言うことを聞いていれば、殴られない。蹴られない。言われたとおりにしていれば、
これ以上ひどい目にはあわない。そう思って、いやいやしたがっているんだと思う。でも、、、」
「でも?なに?」
「そんなわけないわ。昨日より今日、今日より明日、イジメはエスカレートしていくものよ。
殴られない代わりに犯される、蹴られない代わりにゾーキンみたいな靴下を食べさせられる。
飽きる前にもっと別な、残酷なイジメが考えられ、実行される」
「恐いわ、しのぶ、、、そしたらこれからどうなるの?」
私の問いかけに、しのぶは応えなかった。
完全に陽が落ちたので、私たちは別れて家に帰った。
続く