えりさんの作品
えり断章〜17〜下 明子の気持ちE
乳首にクリップを挟まれ、髪の毛の先と共に天井から吊るされた紐で引っ張られる苦痛と、
腰の下に敷き詰められた画鋲の痛みに耐えながら、島に乳房を揉まれている。
私は鏡に映る自分の胸にマジックで無造作に書かれた「虫」の字を凝視していた。
「虫」というのは、人格も人権も否定した言葉だ。
虫けらを踏みつぶしても、罪の意識はもたない。そう姉ヶ崎奈美江に言われたのを思い出す。
私の胸を愛撫する島の後ろには虫2号であるえりがひざまずき、島のお尻の穴を舐めていた。
「お、えり、悪くねえぞ、その舌遣い……」
目を細めながら、島は私の三つ編みに結ばれた紐を引っ張る。
「いッ」
思わず声を出す私に「お前も気持ちいいか、え? アコ」とニヤけた顔でもう片方の手を使い、乳首のクリップをもてあそぶ島。
藤巻が、島に奉仕するえりになにやら悪戯しているようだ。えりのかすれた声がときどき漏れて聞こえてくる。
その声にはせつない甘さが混じっていた。
昔、えりが中学のとき、いじめっこになぜ屈服したのか、私は詳しく知らない。
だが逃げ場のない絶望の中で、いまの私と同じように、どこかで諦めたのだと思う。
一ヶ月前、勝負に負け、ペナルティという口実での儀式からはじまる一連の責め苦に、
私は最初から黙って従ったわけではない。
だが、逃げようとしてもとりおさえられて、お腹を本気で何度も殴られて、最後は屈伏するしかなかった。
友情どころではない。人間としてのプライドも全部無力だった。
あとに残されていたのは、たった一人でいじめ抜かれているという孤独に打ち震えないですむ、
えりという同じ立場の存在だけだった。
私はえりとともに責められることに救いを感じていたが、えりは私を巻き込んでしまったことを激しく後悔し、
彼女もまた、そんな自分を責めるように、私と競い合って過酷ないじめに耐えていた。
私はこのまま心までも、彼らの言うような「虫けら」になってしまうのだろうか。
えりはこのあいだこう言っていた。
「屈伏? うーん、『なんであのとき引き返せなかったのかな、どっかに逃げればよかったのに』って思うことはあるけど、
でもいじめっこだった人たちへの恨みは不思議とないの」
いまのサークルのメンバーに対しても同じだという。
「藤本さんを巻き込みたくはなかった。それだけはイヤだった。だけどそれだって、悪いのは私なの」
えりは、弱い存在が、強い存在の気まぐれな欲望に対して、どれだけ本気ですべてを捧げて服従しなければならないか、
よく知っていると言った。
恨みを持つ余裕などないのだと。
「だからね、命令があれば、いつでも全部脱ぎ棄てて、土下座できる私でいたいの」
私はそんなえりの気持ちがまだわからない。
わかるわけがない。サークル部員たちへの怒りと、やまることのない男子の欲望への嫌悪感を拭い去ることは出来ないし、
屈服は屈服であって、望んだことではないといまでも思っている。
だが恐怖にすくみあがりながら、そうっと股を開いてみせることが出来たら、
それは虫けらに残された、ただひとつ許された意志の示し方なのだということはわかるようになった。
どうせ逃れられないのなら、進んで立ち向かってやる、という。
私はマゾでも人形でもない。押し殺した恨みの炎は、消えはしないのだから。