山女さんの作品

虐め小説『あの子』第六回 

 
 あの子のことを思いながら胸を触って感じたあの夜から、自分が変態になって
しまったような気がして、もう二度と虐めのことは考えまいと決めたのでした。
もちろん、眼帯が取れ、少々アザが残る程度に回復したあの子の顔を遠くから見て、
一瞬キュンとなったりもしましたが、でも、もう、考えないことにしたのです。
 胸も触らないことにしました。
自分の中の何か邪悪なモノが目覚めるような気がして怖かったから。
 でも、ある日、その邪悪なモノは最悪な形で目覚めてしまったのです。
 確かに、その日の一週間ほど前からあの子の様子は変でした。
でもそれは私があの子を意識してるからそう感じるのだろうと、勝手に思って
いたのです。
 授業中、何度も目が合いました。
 休み時間、あの子が私に話しかけようとして、ふとためらったような感じのことも
ありました。
 放課後、あの子が何かを渡してくれようとしてやめたような、そんな感じがしたこと
さえあったのです。
 予兆は確かにあり、だから、靴箱に手紙が入っていても、これほど驚かなくて
良かったはずなのです。
 でも私は驚きました。天地がひっくり返るほど。

『助けてください。私を助けられるのは貴女だけ』

 私は驚きながらも嬉しくて、その夜、ずっと禁じていた胸に、そっと触れたのでした。

『私にどうしてほしいの?』
 と書いた手紙に返事はすぐに来ました。
日曜の午後、前にあの子がみんなの前で虐められたあの部室に一人で来てほしい、
相談したいことがある、と。
 そして運命の朝、私は鏡をのぞき込み、お母さんのルージュをそっとひいて見たの
です。
 不細工な私には一生縁がないだろうと思っていた、淡い上品な桃色でした。
 母は小さい頃から、
「あんたは不細工だから、男を頼っちゃ駄目。強い女になりなさい、資格を取って一人
で生きていけるようになりなさい」
 などと言って、私を男のように育てていましたから、化粧なんか思いもよらないこと
だったのです。
 生まれて初めてのルージュ。
鏡の中で別人のように笑む自分が何かおかしくて、何度も、何度も、自分に笑いかけて
みたのです。
思えばこれが、無垢な私との「永訣の朝」(でしたっけ、宮澤賢治のあの詩)
だったのです。

 あの子はひとり、思い詰めたように、広い部室の真ん中に立っていました。
 伏せた目を上げたその表情は、何とも複雑で、それがこのお芝居に奇妙な
リアリティを与えていたのです。
 彼女は静かに涙を流し始めました。
それはまるで、彫刻の美女が奇跡を起こしたような涙でした。
人の世のすべての悲しみに心を動かされた神が、この世のすべての美を凝縮した
大理石に生命を吹き込んだかのように、まずは無表情に涙が流れ、そして口元が弛み、
肩が震え、鳴き声が漏れ、少しずつ少しずつ、あの子は人間らしく号泣を始めたので
した。
この様子に心を動かされない人間がいるでしょうか。
「辛かったのね」
 私の言葉を聞いて、あの子は私の胸に飛び込んできました。
 小柄なあの子の頭を胸に抱きながら、私はあの子の髪をそっとなぜたのでした。
 その瞬間、
「ウギャーッ」
 とも、なんとも、まるで野獣のような、とても人間の声とは思えない叫び声をあげて
あの子は飛び退き、
「イヤ〜〜〜〜」
 と金切り声で叫びながら、部室の隅の控え室のドアのところにまで駆けていってた
のでした。そしてそのドアを激しくノックしながら、
「駄目です、もう駄目です、許してください」
 と喚いたのでした。
(読者っておるんかな?)

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