山女さんの作品


黄金の月日(第四回)


「おい、万引きケイコ」
「私は万引きなんかしてない」
「じゃあ嘘つきケイコか」
「嘘もついてない」
「おもらしケイコ」
 これには言い返せない。
「おもらしケイコ、ほら、何か言ってみろよ」
「あれは、あなたたちが……」
「でも、もらしたのはお前だけだよ」
「…何か用なの?」
「みんなが言ってるんだよ、お前は汚いって」
「だから?」
「おしっこはもらすし、万引きはするし…」
「万引きなんかしてない」
「でも、もらしたよな」
 言い返せない。
「もらすような女の使ったトイレは使いたくないんだってよ」
「何を言ってるのよ」
「とにかく、学校ではトイレに行くなってことだよ」
 メグミはそのまま私のそばを離れた。
私は悔しくて悲しくて、どうしようもなくて、泣きそうになったけど、堪えた。
 そしてトイレに行こうと立った。
 ところが廊下を歩き始めると、クラスみんなが追い掛けてきた。
「どこに行くんだよ!」
 口々に言う。
 私は無視して早足でトイレに向かう。
 6人がドーッと走り、トイレに向かった。
 私たちの階のトイレの個室は全部、使用中になった。
 上の階に行こうとした。
 また何人かがドーッと走り、その階のトイレも全部、使用中になった。
 休み時間中、追いかけっこみたいな真似をして、また次の休み時間も同じだった。
 次も。
 これほど繰り返されると、最初は意地だったのに、今度はマジでトイレに
 行きたくなった。
 授業中に手を挙げてトイレに行った。
ざまを見ろって顔をわざとしてやった。
 そして次の休み時間、クラス全員がワラワラと私の回りによってきて、
その一人にいきなり髪を掴まれた。
「やめてよーーー!」
 叫んでも無駄だった。私はそのままずるずると廊下を引きずられ、
トイレに連れて行かれた。
その間中、クラスの子はもちろん、他のクラスの子も廊下に出て一緒になって
合唱するのだった。
 おもらしケイコ!
 万引きケイコ!
 嘘つきケイコ!
「ほら、お前の使ったトイレはどれだよ!」
 髪を離され、自由になっても、私はあまりの屈辱に立ちつくすだけだった。
 そして泣いた。何も言えないまま。
「泣いたって駄目だろ! ほら、どこでしたのか教えろよ。
みんなが迷惑するんだよ。この階のトイレ、全部使えなくなるだろが!」
「そうよ、わたしトイレ行きたいのに、どうしてくれるのよ!」
「早くしてよ、迷惑なのよ。早く!」
 私は泣きながら、出口にいちばん近い個室を指さした。
その手にモップが渡された。
足元にはバケツも。
「きちんと掃除しとけよな」
 黒山の群衆は去り、一人になったトイレを、私は泣きながら掃除した。

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